□2024-11-03 喜多見チャペル 主日礼拝
□聖書箇所 マルコの福音書6:1-6
□説教題 「イエスは驚かれた」
導入
①前回の復習
前回は、マルコの福音書5章21節から43節までのところを扱いました。カペナウムの会堂司ヤイロの娘で、突然の病で危篤に陥っていた12歳少女と、12年間長血を患っていた女性の生涯が、イエス様という交差点で交わるというお話をいたしました。イエスという交差点は、幸いと不幸が交わるところ、そして、神と人とが交わるところ、ということをまとめとして学びました。
②今日の流れ
今日のところは、イエス様が、お弟子さんたちとともに郷里に来られたときの出来事です。マタイとマルコでは「郷里」という表現でしか書かれていませんが、ルカには「ナザレ」とちゃんと町の名前が出てきます。イエス様がお生まれになったのは、ベツレヘムですが、お育ちになったのは、ガリラヤのナザレという寒村でした。
これまでの復習にもなりますが、約30歳までナザレでずっと生活してこられたイエス様は、公の活動は、この町を離れて南の方に降り、ヨルダン川でバプテスマのヨハネから洗礼を受け、ユダの荒野でサタンからの試みに会い、それらのことを経たのち、ガリラヤ湖畔のカペナウムという町で宣教活動を始められました。
たちどころに、イエス様の周りには、教えを聞くために、また病をいやしていただくために、悪霊を追い出していただくために、大勢の人々がどこへ行っても群がるようになっていました。
今回は、そうなってから初めて、郷里のナザレに帰ってこられたという状況です。現代風に言うと、田舎から出て来た青年が、スポーツ界か芸能界でスターとなり、はじめての故郷での公演を行っているという状況と一面似たところがあります。
本日の説教題は「イエスの驚き」といたしました。
大項目としては、
Ⅰ. 人々は驚いた
Ⅱ. 人々はつまずいた
Ⅲ. イエスは驚かれた
この3点でお話していきます。
Ⅰ. 人々は驚いた
A.安息日の会堂で
今回の出来事も、これまでに何回か出て来たのと同じパターンで、イエス様はいつどこでことを始められるかと言うと、“安息日に”“会堂で”なのです。1章の21節のカペナウムと同じように、イエス様はナザレでも会堂で教え始められました。何を話されたか、ルカの福音書には書いてありますが、今はマルコの福音書を連続して学んでいるところなので、あえて、マルコに書いていないことをルカから拝借してくることはしないでおこうと思います。それでも、容易に想像できることは、旧約聖書から神様の御心を、ご自分のことと絡めて解き明かされたのだと思います。
B.ナザレの人々の反応
それを聞いた故郷ナザレの会堂に集まっていた人たちの反応はどうだったでしょうか。二つの反応がありますが、まずは、2節の途中に「多くの人は驚いて言った」とあるように、驚いたのです。つい数ヶ月前まで、この町に住んでいたマリアんところの倅のイエスが、聞いたこともない恵みに満ちた言葉を、感じたこともない権威をもって語ったのです。驚くのも当然です。驚かなかったらそれはどうにかしています。
C.何かを知らないという意識から
しかし、驚きにはよい驚きとよくない驚きがあります。ナザレの人々の驚きは何かを「知らない」というところから発する驚きでした。2節のカッコ内を読んでみます。「この人は、こういうことをどこから得たのだろう。この人に与えられた知恵や、その手で行われるこのような力あるわざは、いったい何なのだろう。」
噂は伝わっていたと思いますが、自分たちの耳で直に聞いてみると、イエス様の口から発せられる言葉には、特別な恵みと権威がありました。少し前まで、自分たちの村の一青年だった人が、いきなり誰も太刀打ちできないほどの教えを語る人物に変身して帰って来たのです。彼らには、この大きな突然の変化を説明してくれる何かがまったく分かりませんでした。たとえば、エルサレムの高名なラビのもとで半年学んできたとか、そういう彼らが納得できるような、このギャップを埋める要因があれば、よい驚きになったかもしれません。しかし、そのようなことは一つも思いつきませんでした。
Ⅱ. 人々はつまずいた
A.何かを知っているという意識
そして、それだけでは終わりませんでした。ナザレの人々はイエス様に「つまずいた」のです。3節の終わりの「こうして彼らはイエスにつまずいた」という言葉が出てまいります。そして、その理由が3節の前半に書かれています。「この人は大工ではないか。マリアの子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄ではないか。その妹たちも、ここで私たちと一緒にいるではないか。」というところです。
先ほどの「驚いた」の理由は「何かを知らない」ということが理由でしたが、「つまずいた理由は反対に「何かを知っている」という意識でした。
B.隠れた30年の家族情報
33年半と言われるイエス様の生涯の3年半の公生涯のことについては、4つの福音書にいろいろ詳しく記事が書かれています。しかし、公生涯に踏み出す以前の隠れた30年については、誕生についてのエピソードを除くと、ルカの2章41節以降の宮詣にエルサレムに上られた12歳のころの姿以外にはほとんど福音書には記述がありません。ですから、今私たちが学んでいるマルコの6章3節の記述は、イエス様の隠れた30年について知り得る情報の金鉱脈が一瞬むき出しになっているところです。
ここからわかることを少し箇条書き的にピックアップしてみましょう。
①イエス様の職業は大工だった
②ここに父ヨセフの名前が出て来ないので、この時までにヨセフは亡くなっていたと思われる。
③弟たちが実名付きで少なくとも4人いた
④妹たちも複数いた
C.人としてのイエスが意識される
私たちは、イエス様が全く神であり同時に全く人である、と頭の中では理解している積りです。しかし、イエス様に直にお会いしたことはありません。生の声を聞いたこともありません。握手したこともありません。逆に、父なる神様の右に着座され、私たちのことを日夜とりなしていてくださる方だと知っています。そして、このイエス様のお名前によって、祈るとき、私たちのどんな祈りも父なる神様に届くのだと知っています。ですから、端的にいって、私たちは、イエス様の神である側面としか普段私たちは向き合っていないように思います。
しかし、今、問題にしているところを読むと、人としてのイエス様が急に私たちの目の前に浮かび上がってくるような気がします。
「弟 いたんだ」「妹も いたんだ」これって、結構、普段の私たちのイエス様イメージからするとショッキングかもしれません。
D.王貞治の例
どんな分野でも世界でも、あまりにも偉大になり、レジェンドになりすぎると、人間味が薄れることがあると思います。私はいつも昭和の例話しか出せませんが、ちょっと聞いてください。私にとっての二大ヒーローは王貞治とアントニオ猪木なんですね。王貞治には、お兄さんがいて慶応大学の医学部を出てお医者さんをなさっていました。アントニオ猪木にも兄弟が何人かいますが、そのうちの一人はテノール歌手だそうですね。大谷翔平のお兄さんは、同じく野球選手で独立リーグでプレーしていました。それ位の関係性ならなんとなく納得できそうですが、世界のホームラン王のお兄さんがお医者さんで、燃える闘魂アントニオ猪木のお兄さんがテノール歌手というとなんだか狐につままれたように気になりませんか。
また、王貞治には、こういう逸話があります。現役を引退し、巨人の監督も辞任し、次に巨人を離れ福岡ダイエーの監督になりました。当時のダイエー・ホークスはほぼ毎年最下位の弱小球団でした。そこに世界の王が監督として赴任してきました。監督と選手の間にはどうしても大きな溝があったそうです。王が何か言っても、「それは、世界の王さんだから出来たのであって、自分たち普通のプロ野球選手にそんなこと要求されてもできませんよ」って感じだったようです。
しかし、あるとき、王をダイエーの監督に引っ張った張本人である根本陸男という当時の球団社長だった人が、監督と選手の間に溝があることを知っていて、選手たちを集めてこう言ったそうです。「お前たち、王にビビッて、近寄れないようだけど、なにやってんだ。あいつもラーメン屋の倅だったんだ。お前たちと同じ人間だ。怖くなんてない。ぶつかっていけ!」それ以来、選手と王監督との関係が変化していってダイエーの初優勝に繋がっていったそうです。「世界のホームラン王」と「ラーメン屋の倅」、まったく異質なもののように聞こえますが、王貞治という一人の人物にとってこの二つともが本当です。
私たちは普通、世界のホームラン王、王貞治のことしかしりません。しかし、逆にラーメン屋の倅として王貞治しか知らない人がいたとしたならどうでしょうか。実は王貞治には双子の姉がいたのですが、幼くして亡くなっています。貞治少年も子供のころは決して体が強い方ではなく、病弱でよく風邪をひいていたそうです。そんな貞治少年しか知らなければ、あの貞ちゃんがプロ野球で868本のホームラン打つわけない、と頭っから否定するかもしれません。
いずれにしろ私たちは、自分たちがすでに知っていることを基準に物事を判断します。そしてすでに知っていることでは測れないことに遭遇すると“驚き”、本当は知らない、分からない世界なのに、知っていることを基準にして「あの人はおかしい」「嘘に違いない」とつまずいてしまうのです。
E.郷里では敬われない
更に4節に注目したいことばがあります。イエス様がおっしゃったことばですが、「預言者が敬われないのは、自分の郷里、親族、家族の間だけです。」というものです。カペナウムを始め、ガリラヤ地方一帯、もっと広く3章8節では「エルサレムから、イドマヤから、ヨルダンの川向うや、ツロ、シドンのあたりからも、非常に大勢の人々が、イエスが行っておられることを聞いて、みもとにやって来た。」そのように、かなり広範囲で時の人となり、群衆が集まってくる人物となっていたイエス様に、地元の人が尊敬を寄せなかった理由は何だったのでしょうか?
よく「家族伝道が一番難しい」というようなことを耳にします。そしてその理由として、家族は私たちのダメなところを、大したヤツでないことをよくよく知っているからだ、というようなことが言われます。しかし、イエス様が郷里で敬われなかったのは、子供の時、少年の時、いじめっ子だったり、親不孝な子だったり、そういう脛に傷があるから、という理由ではありません。また、いわゆる「証しが立っていなかったから」と言うことでもありません。
十字架で命を失うまで罪のなかった神の子羊でいらっしゃったイエス様ですから、少年時代悪ガキだったという推測も、証しが立たないでたらめな生活を送ってこられたという推測も成り立ちません。
イエス様が郷里では敬われなかった理由は、そういうこととはベクトルが違うのです。それは、イエス様があまりにも周囲と違わない家族の一員であったらからです。「あのヨセフっちの長男はなんかチゲード!」「オメーラ知らねーだろうが、こないだ薄暗いところで見たら、頭の上と後ろがなんだか明るく輪っかみたいのが見えたベナ!」なんてことはなかったのです。端的に言って、人間イエスには後光は指していなかったのです。この人は、特別な人間だ。そん所そこいらの普通の人っとはわけが違う、と言う人物ではなかったのです。全く、「そん所そこいらの普通の人」になってくださったのです。
D.人は後光のさした神を求める
そして、加えて人は後光の差しているものを神として崇めたいという願望をみな持っているです。出身県の高校が甲子園で優勝してほしいのです。日本に金メダル沢山とってほしいのです。自分がそれに属していると思っているもの、自分がその一部として組み込まれているものに輝いていてほしいのです。それが輝いていると、自分も輝いていると思えるからです。
しかし、イエス様は、この地上で輝こうとはされませんでした。輝くことでフォロアーを増やすことはまったくお考えになりませんでした。むしろ、まったく普通の人となって、まったく目立たなくなるまでに、普通の人となるのがイエス様の御目的に適ったことでした。人が神に“こうあってほしいという姿”と、“神が神であられる姿”にギャップがあるのです。
Ⅲ. イエスは驚いた
A.イエスは知らなかったの?
そして、今回の出来事は、これまで見て来たように①「人々がイエスに驚き」②「人々がイエスに躓いた」では終わりませんでした。なんと「イエスが驚かれた」ということが出てくるのです。
旧約聖書に出てくる神様も、怒ったり、後悔したり、喜んだり、喜怒哀楽はストレートにだされる存在として描かれていますが、イエス様に対しても、ここでは「驚かれた」と強烈な言葉を使っています。「驚かれた」ということは、この郷里の人々の「イエス様に対して敬わない」という態度を、イエス様は予知できなかったのか?その種の知識は、事前にはイエス様はお持ちではなかったのだろうか。いろいろな疑問が出てきます。しかし、ここでは、抽象的な神学論争は避けて通りたいと思います。
B.神の全能を制限するもの
ただし、避けては通れないことが5節に書かれています。「それで、何人かの病人に手を置いて癒されたほかは、そこでは、何も力ある業を行うことができなかった。」
これは驚くべき記述です。「神にはどんなことでもできるのです」と聖書の別の所には書かれています。その神の全能が制限を受けているのです。そして、その全能にさえ制限を付ける、ある意味、神の全能以上に力あるものが何であるかというと、それは、人間の不信仰だというのです。
C.人間だけ、そこに罪
動物にも、植物にも、太陽な月などの天体にも、人間以外のありとあらゆる存在は、神の全能を制限することはあり得ません。しかし、人間だけは、不信仰をもって、神の力にそれが働く場を与えないということをやってのける力があるのです。これは恐ろしいことです。
ここに、人間の罪があります。すなわち、“神が神であろうとする在り方”と“人が神にこうあってほしいという在り方”が違っていること。そして、神が働こうとされているのに、人間が神を敬わないこと、神に期待しないこと、神を信じないことをもって神様の働きを止めてしまうということ。これが人間の罪です。
D.人は道徳的存在
勿論理論上は、どんなに人間が邪魔をしようとしても神様はそれを無視してことを行うことは難なくできるでしょう。しかし、それは、神の栄光とならないのです。また、人にとっても善とならないのです。なぜなら、人間が道徳的存在として造られているからです。
E.人間の価値高さ
私たちが信じようとしない時、神は何もさることがおできにならない。これは、私たち人間の恐るべき罪、不信仰の現実を示すとともに、私たちが如何に尊く造られているかを雄弁に語っているところでもあるのです。今日、私たちは、ナザレの人々の不信仰を笑うのではなく、それによって一歩間違えば奈落の底に落ちるという恐怖を味わうのでもなく、私たちが如何に価高く造られているものであるかを味わうきっかけとしたいと思います。
一言、お祈りいたします。
恵み深い天の父なる神様。あなたの聖名を心からほめたたえます。今朝は、イエス様が約30年間隠れた生活を送られた郷里ナザレの町に、戻ってこられたきの出来事から学びました。私たちの心は非常に傲慢です。知らないことには驚き、知っていることを基準に高を括るものです。そして神の全能をさえ制限するほどの不信仰を働かせるものです。しかし、どうぞ、愚かな者をやさしく教え、導き、神様の素晴らしい御業が前進してくために私たちの小さなからし種よりも小さな信仰が目を出し、根を張り、実を結んでいくことができますようにお助けください。このお祈りを主イエス・キリストのお名前によって御前にお捧げ致します。アーメン。
