□2025-05-04 喜多見チャペル 主日礼拝
□聖書箇所 マルコの福音書9:1-13
□説教題 マルコの福音書を学ぶ(35)「これはわたしの愛する子」
□説教者 山田誠路牧師
導入 -テキストの概要―
3週間ぶりに今朝は、マルコの福音書に戻って来ました。さて、本日は、昔から日本の教会では、「変貌山」と言われてきた場面を学ぶことになります。はじめに大まかに流れを追ってから、ポイントを立ててお話していきたいと思います。
①6日目に
2節に「6日目に」という言葉がありますが、これは、前々回のペテロの信仰告白、前回の初めての受難と復活の予告がイエス様の口からなされた日から「6日目」という意味です。
②高い山
2節に出てくる「高い山」がどの山であったかについては、決定的なことは言えないようですが、ヘルモン山だとする説が有力です。この山の南の稜線に広がる部分がゴラン高原です。ヘルモン山は海抜2,815mの山で、聖書に出てくる山の中では一番高い山、また、一番北に位置する山です。万年雪をたたえており、その雪解け水がヨルダン川となって、ガリラヤ湖に、更には死海にまで注いでいます。ヘルモン山の雪の白さとイエス様の衣の白さの間に、何らかのイメージ上の関連があるように個人的には感じています。
③御姿の変貌
いずれにせよ、例の出来事から6日目に、イエス様は弟子たちのうちからペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人だけを伴って、高い山に登られました。すると、3人の目の前で御姿が変わったというのです。具体的には、「その衣が非常に白く輝いた」というのです。マルコでは、衣のことにしか触れていませんが、マタイでは、「御顔は太陽のように輝き」とあり、イエス様のお体そのものも変化したように書かれています。
④エリヤ、モーセとの鼎談
しかし、この変貌山での出来事は、イエス様のお姿と衣の変容、変貌そのものというより、他のことに重要な意味があるように思われます。その一つは、そういう状態でなされた、イエス様とモーセおよびエリヤとの会談、鼎談(ていだん)です。
エリヤは、旧約聖書の中の預言者を代表する人物です。また、モーセは旧約聖書の律法を象徴する人物です。「律法と預言者」という表現は、旧約聖書全体を意味する言葉です。当時まだ新約聖書は存在していませんので、聖書といえば今私たちが言う、旧約聖書にあたるものを指しました。そして、その聖書を彼らは聖書という代わりに「律法と預言者」という言い方をしたのです。ですから、この変貌山でイエス様が預言者の代表選手であるエリヤと律法を象徴するモーセと語り合ったということは、イエス様がこれから果たすべき使命が旧約聖書との深い結びつきの中に展開していくこと。すなわち、この変貌山から降りて、一直線にエルサレムのカルバリ山の十字架に降っていく道のりは、モーセが象徴する律法とエリヤが代表する預言が究極的に指示していた地点である、ということを意味しています。
⑤ペテロの口出し
さて、それを目の当たりにした3人の弟子のうちの一人、ペテロが口を開き、「イエス様、モーセ、エリヤ、それぞれのために幕屋をここに作りましょう」という提案をします。しかも、面白いことに、わざわざマルコは、6節で「ペテロは何をいったらよいか分からなかったのである。」と書いています。
⑥雲の中からの声
次に、雲の中から「これはわたしの愛する子。彼の言うことを聞け。」ということばが聞こえてきました。雲は聖書では、神の臨在を意味します。雲の中から声がする、というのは、神が語られた、ということです。
そして、次の瞬間、先ほどのペテロの願いと逆に、変貌山での特別な光景は解消してしまい、イエス様だけがそこにおられました。
今日は、ここから大きく二つのことを学びたいと思います。
一つ目は、「引き続く弟子たちの不理解」
二つ目は、「捨てられるための栄光」
この二つです。
Ⅰ. 引き続く弟子たちの不理解
それでは、まず最初のポイント「引き続く弟子たちの不理解」に入っていきます。
①訳が分からず
先ほど、ペテロが何を言ったかについては触れました。もし、ペテロが、その場の状況を正確に把握し、自分の発言の内容や与える影響などを理解できていたならば、そこには何らかの計算が働くでしょう。しかし、わけがわからず思わず口にしてしまった言葉は、思いのほか、ペテロの本心を赤裸々に表して言えるように思えます。
②時間よ、止まれ
すなわち、一言でいうと、ペテロはずっとそこにいたかったのです。弟子たちの中で三人だけ特別に同行が許された山の上で、イエス様のお姿がこの世のものとは違う輝きに変貌し、そこにエリヤとモーセが登場して、イエス様と語り合っているという光景が心地よかったのです。何もかも捨てて従ってきたイエス様が、実は、こんなに素晴らしい方だったとは、自分でも想像すらできなかった。これは、私の生涯の中で最高の瞬間だ。時間よ、止まれ。この幸福感、この栄誉、満足、誇りがいつまでも続くように、という願いが、「ここに幕屋を三つ建てましょう」に表れているのだと思います。6節のカギカッコの出だしでペテロが「先生、私たちがここにいることはすばらしいことです。」と言っていることからわかります。
この地球上に生きている人間で、このような達成感、幸福感、満足感、プライドが満たされた高揚感を持った時に、「この幸せよ、いつまでも」と願わない人間はいないでしょう。
③恐怖に打たれて
と同時に、6節の終わりには気になる言葉がついています。「彼らは恐怖に打たれていた。」という短い言葉です。「こんな光栄なことはない、これがいつまでも続くように!」との願望が心に生じると同時に、その神の聖い栄光に照らされるとき、自分の内にある罪深さ、やましさ、本当に聖いものと共存できない汚れを意識せざるを得ないのが、また、私たちの姿です。この恐れのために何を言ってよいかわけがわからなかったにも拘わらず、自分の願いを率直に口に出したが、「幕屋を三つ作りましょう」という提案だったのです。
④イエス様だけは例外
しかし、イエス様だけは例外でした。山に登って行ったときに、すなわち、天に近づき、旧約の代表選手であるエリヤとモーセと会談する中で、自分の衣が光輝いても、それに対する一ミリの未練もなかったのです。その代わりイエス様にあったのは、父なる神様とのいのちの関係だったのです。イエス様は十字架に向けて進もうとされる。それに対して、ペテロを代表とする弟子たちは栄光の変貌山に留まりたい。この決定的な違いは、イエス様がこの地上に生きておられるうちは最後まで解消しなかったのです。
Ⅱ. 捨てられるための栄光
続いて第二の大きなポイントである「捨てられるための栄光」に進んでいきます。
①変貌山での最高に輝く衣
実は、今回この変貌山の記事を読んでいて「非常に白く輝く、この世の職人には、とてもなし得ないほどの白い」衣以上に栄光に輝く衣があることに気づかされたのです。それは、「これはわたしの愛する子」という衣です。私たち罪人である人間が、それこそ、どんなに努力しても到達しえない栄光とは、この言葉を父なる神様からかけていただける、という栄光です。なんの留保のなく、なんの影もなく、なんの割引もなく、なんの見做しも、無理も、背伸びもなく、父が子に「これはわたしの愛する子」とおっしゃるのです。
さきほど、ペテロがわけのわからないことを口にしたとき、「恐怖に打たれていた」というところがありましたが、イエス様には父なる神様との間にこの恐怖がみじんもなかったのです。
②その衣のゆくえ
さて、皆さま、それでは、御子イエス様だけがまとっておられたこの最高に栄光に輝くこの衣は最終的にはどうなったかご存じでしょうか。イエス様が十字架にかけられたとき、着ていた服を脱がされバカにされるためだけに、いったん王様が着る色である紫の衣を着せられて「王様、万歳」とコケにされたあと、元の服を着せられました。そして、いよいよ十字架につけられるとき、その元着ていた服は脱がされて、兵士たちがくじ引きをしてそれはもらわれていきました。
その元の服は、たぶん前夜に加えられた鞭のために血がいたるところにつき、擦り切れ、ボロボロになっていた衣を最後にはまとっておられました。そして、本当の最後にその衣さえ引きはがされ、変貌山では栄光輝く白い衣を着たおられたイエス様がは、素っ裸にされて十字架につけられました。
皆さん、しかし、十字架につけられたイエス様は、この時点でまだ兵士ですら脱がすことのできない立派な、この世のどんな職人でさえなし得ない栄光に輝く衣以上の衣をまとっておられたことをご存じでしょうか。それは、人間の目には見えなかったでしょう。それは、「これはわたしの愛する子」という衣です。
ところが、十字架は実に、その衣さえイエス様から引きはがされるためのものだったのです。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」との叫びを上げられたたとき、イエス様は時のはじめの前からまとっておられた御子の衣を脱がれたのです。だれもはぎ取ることができないその衣を自ら脱ぎ捨てられたのです。変貌山では、「これはわたしの愛する子」との声を掛けられた父なる神様も、なんの声もかけずに、御子からその衣を取り去ったのです。
③本当の変貌山はカルバリ山
実に、イエス様のご生涯の中の本当の意味の変貌山は、ヘルモン山ではなくカルバリ山だったのです。一瞬たりとも脱いだことのなかった「これがわたしの愛する子」という光輝く衣を、私たちの罪の贖いの代価としてはぎとられてくださったのです。
そして、そのイエス様の贖いの死が父に完全に受け止められたために蘇られた主とともに、その十字架により、私たちも「あなたはわたしの愛する子」と呼んでいただけるのです。
④趙(チョー)さんの証しから
先週、私は、「神社参拝を拒否したキリスト者」という本を読みました。戦争中、日本政府からの神社参拝強要に命がけで抵抗したチョー・スオクという韓国人女性伝道者に渡辺信夫という牧師がインタビューして内容が本にされたものです。その本のなかで、チョーさんが釜山の街の中を北部の警察署から南部の警察署まで電車に乗せて連れていかれた時のことが書いてありました。それまで、あらゆる種類の脅し、まるで便所の中に住まわせられているような悪臭、のみ、しらみ、寒さ、そういうことに勇敢に耐えてきたチョーさんでしたが、この電車での移動はそれらすべてに勝って耐えがたいことだったというのです。
縄で手と腰を縛られ、髪の毛はもつれ、服にはウジ虫が死んだあとのシミがついていて、体には悪臭が染みついていたと表現されています。乗客は自分たちを避けて遠くに席を取って、チラチラ見ながら「あの女、いったいどういう悪い犯罪をしでかして、あんな格好でつれていかれるのか」とヒソヒソと話していたというのです。そして、チョーさんの言葉を少し長くなりますが、そのまま引用させていただきます。
「もう恥ずかしくて、恥ずかしくて、顔を上げることもできませんでした。恥ずかしさで目が曇ってしまい、物を考えることもできなくなり、主のことをあやうく忘れてしまいそうになる危機でした。これまでは、恐怖の試練でしたね。恐怖の訓練は体を殺しても魂を殺しえ得ない者を恐れない信仰で乗り越えて来られました。全能の神は地上の権力よりもはるかに強い方ですから、良く考えればその恐怖は乗り越えることができます。だが、今度は極度の羞恥。これは恐怖よりも耐えがたいものですね。恥をかいても死ぬわけではないと言う人がいるでしょうが、人間の尊厳に関わることですから、もっと辛いですね。恐怖にたいしては自分の尊厳を維持すれば対抗できる。しかし、尊厳そのものを剥奪されると、支えが失われるのですね。こうなって神を捨ててしまった人もいるのです。人間の尊厳を拠り所にして正しく生きようとしても結局できません。イエス・キリストが私たちのために苦痛だけではなく、辱めを負われたことがシッカリ捉えられて、それが支えにならなければこの試練に勝つことはできなかったのです。」と言っておられます。
十字架の上で極限までの苦しみと同時に栄光を脱ぎすて私たちの恥をすべて負ってくださったゆえに、今、私たちは「あなたはわたしの愛する子」と呼んでいただける救いを心から感謝して、これから聖餐に預かりましょう。
一言、お祈りいたします。
恵み深い天の父なる神様。あなたの聖名を心からほめたたえます。今朝は、変貌山の出来事からともに学びました。そこには、私たちの浅ましさ、イエス様の謙り、そして父なる神様のやさしさがありました。私たちの内に聖霊によって、このイエス様の謙る霊を注いでください。そして、この地上で地の塩、世の光、平和を作り出す者として生きる者としてください。このお祈りを主イエス・キリストのお名前によって御前にお捧げ致します。アーメン。
