「マルコの福音書を学ぶ」⑦

□2024-06-23 喜多見チャペル 主日礼拝

□聖書箇所 マルコの福音書1:29-34

□説教題 マルコの福音書を学ぶ⑦「彼女は人々にもてなした」

導入

①前回の復習

前回の6回目は、1章の21節から28節までのところから「権威ある新しい教えだ」と題して語りました。イエス様が安息日にカペナウムの町にある会堂、すなわちユダヤ人のシナゴーグに入って行かれ、そこで教え、悪霊に取りつかれていた人からその悪霊を追い出したところを学びました。その場に立ち会った人々の反応は、とにかく「驚いた」というものでした。そして、その驚きの原因は、イエス様の権威にあったことに注目しました。そして、更に、イエス様の権威は、振りかざすのでなく、私たち一人一人を尊重して、特権を捨てて、権威のレベルではなく、愛のレベルで私たちに向き合ってくださるところにイエス様の真の権威がある、ということを学びました。

 ②本日の場面設定

今日は、「マルコの福音書を学ぶ」の第7回目となります。扱う聖書箇所は、1章の29節から34節までです。説教題としては、「彼女は人々にもてなした」とさせていただきました。

今日は、実は、前回の21節から28節までのところと同じ日、同じ安息日の、会堂を出た直後のことから始まっています。場所は、28節に「シモンとアンデレの家」と書いてあります。シモンとは、通常ペテロとして知られているのと同じ人物です。29節によるとイエス様一行は、会堂を出るとすぎにシモンとアンデレの家に入って行かれました。ヤコブもヨハネも一緒だった、言う描写が続きます。「わたしについて来なさい」と声をかけられた際に、ほとんど隣同士で網を打っていたり、網を繕っていだのですから、もともと漁師仲間だったのだろうと思われます。そこにペテロの姑が熱を出して横になっていました。ペテロとアンデレの家、というのですから、彼らの生まれ育った実家ということだと思いますが、そうするとなぜ、そこにペテロの姑、すなわち奥さんのお母さんが寝ていたのか、若干疑問がないではありませんが、突っ込んでもしょうがないところだと思いますので、そこは素通りさせていただきます。

「熱を出して横になっていた」という表現だけ読みますが、私たち日本人は風邪でも引いていたのかな、と想像します。しかし、註解書を読みますと、多分、高熱を伴う熱病で、ガリラヤ地域にも流行っていた、というようなことが書いてあります。しばらく休んでいれば、じきに治るというような気楽な話ではなく、命の危険をともなう状況だったと言えるでしょう。

そして今日のもう一つの場面は、同じ日、もう少し時間が進み、日が暮れてから、この家の戸口のところが、ストーリーが展開する舞台となります。

③今日のポイントは、

1. 病と私たち

2. 病とイエス様

3. 病と幸・不幸

の三つです。

Ⅰ. 病と私たち

A.人生において避けられない苦しみ

①仏教の生老病死

仏教には四門出遊という有名な故事があります。これは、出エジプト記2章11節からの若き日のモーセが、エジプトの宮殿から二日連続、外の世界と見に行ったという話と少し似ているところがありますが、こんな話です。

釈迦族の王子であった釈迦が、ある日、町の様子を見にお城の東門を出て行ったところ、腰の曲がったしわしわの老人にであった。次の日、今度は西門から出ていくと、動けなくなって寝ている病人にであった。次の日南門から出ると、死んで動かなくなっている人に出会った。次の日、北門から出ると出家した修行僧に出会いました。

この出来事を通して、釈迦は、人生は、生老病死の苦しみ、すなわち、生きていく苦しみ、老いていく苦しみ、病の苦しみ、そして死にゆく苦しみから成っている。人生とは苦しみの連続だ、ということを人生観の根本に据えたと言われています。さだまさしもその昔「防人の歌」で「生老病死の苦しみ」を歌いました。

②死と病と老いの関係

この世に生を受けた人間にとって、何よりも確実なことはやがては死ぬことです。これ以上に確かなことはありません。普通私たちは、いのちと死。健康と病を対比させて考えていると思います。老衰という死に方があります。辞書的定義としては、「事故や病気などではなく加齢によって心身の機能が低下して衰弱し自然死すること」となっています。

そして、現代の医療は、どんな病気に対しても老衰を目指して治療やケアーをしているとも書いてありました。確かにそうだと思います。死ぬこと自体は避けられない。そうであるならば、病気で死ぬのではなく、老衰で死ぬというところに持っていくために、病気を治しまくるというのが現代医療の基本スタンスだということです。

よく、出産は病気ではないので、出産に入院しても保険は効かない、と言われます。同じように、老いは病気ではない。健康の反対は病、でも老いは病気ではない。死も病気とは違った範疇の出来事で、病気は避けられても死は避けられない、このように一般的には理解されているかと思います。

③老いも病のうち

しかし、私は、老いと病と死はそんなにきれいに分けられないものではないかと思います。最近では、アンチエイジングの観点からではありますが、「老化は治せる病気である」という研究者が現れてきているそうです。老化のプロセスを科学的に解明して、老いない身体を手に入れるという発想です。私はその実現可能性についてはわかりません。しかし、もし、本当に科学が進んで人間の体がちっとも老いない、そして死なないということが実現したとすると、この地球は、やがて定員オーバーになり、戦争になるか、強い者だけが生き残るか、いずれにしろユートピアではなくディストピアになると思います。

少し戻って、「老化は治せる病気である」という表現の真ん中だけ勝手に抜かせていただくと、「老化は病気である」ということになります。そして、その行きつくところは、死です。私の言いたいことは、老化まで含めると、病に侵されない人は一人もいないということです。もちろん、若くして病を得るということは、加齢に応じて老化していくのとは、まったく異質の苦しみを伴うことは知っています。しかし、本質的には、人間は、この病と関係なく生きていける人は一人もいないのです。

B.聖書における病

①旧約聖書における病

1)旧約聖書前半

聖書では、旧約聖書の前半の方にはあまり病は出てきません。時代がずっと下ってユダのアサ王が両足の病気でなくなったと書かれているのが、はっきりとした病死の例としては、初めての例になるくらい病死はでてきません。しかし、詩篇にはいくつか病を扱ったものがあります。41篇の3節や、91篇の3節などです。ヨブ記は、ある意味、病を負ったものの苦労を描いているとも言えます。

2)ソロモンの神殿奉献の祈り

脈絡のない話になりますが、ソロモンが神殿奉献の際に捧げた長い祈りの中に、病につちえ祈っているところがあります。列王記第一8章37節から39節です。引用します。「37この地に飢饉が起こり、疫病や立ち枯れや黒穂病、いなごやその若虫が発生したときでも、敵がこの地の町々を攻め囲んだときでも、どのようなわざわい、どのような病気であっても、38だれでもあなたの民イスラエルが、それぞれ自分の心の痛みを知って、この宮に向かって両手を伸べ広げて祈るなら、どのような祈り、どのような願いであっても、39あなたご自身が、御座が据えられた場所である天で聞いて、赦し、また、かなえてください。一人ひとりに、そのすべての生き方にしたがって報いてください。あなたはその心をご存じです。あなただけが、すべての人の子の心をご存じだからです。」

3)疫病

旧約聖書全体では、「疫病」ということばは56回出てきます。食料事情や、衛星面で現代とは比べ物にならないくらい過酷な状況の中に人間が生きていた時代には、個人個人が抱える病よりも疫病の方が大きな課題だったのかもしれません。

出エジプト記15章26節に「わたしは主、あなたをいやす者」という有名なお言葉があります。おなじ節の少し前に、「わたしがエジプトで下したような病気は何一つあなたの上にくださなさない」というところがありますが、この場合の病気は、現代の私たちがイメージするような、病院通いをする個別の病気ではなく、いわゆる疫病です。私たちはコロナを経験しましたので、聖書の疫病が少し身近に感じられるようになったかもしれません。

4)病の人の個別の癒し

旧約聖書の大人物の中で、アブラハム、モーセ、サムエル、ダビデ、などには、誰かの病をいやしたという記事はありません。預言者エリシャシュネは例外です。アラムの将軍ナアマンのツァラートを癒した事例があります。また、シュネムの女の息子が「頭が痛い」と言い出してすぐになくなってしまったとき、その若者の死体にエリシャは自分の体を上から重ねることによって生き返らせたという記事があります。これは、病の癒しではなく死人の蘇生というべきかもしれませんが、大きな意味では病から死に至ったその病の癒し、ということが出来るでしょう。それは、旧約聖書に出てくる数少ない、個別の病の癒しです。

②新約聖書における病

それが、新約聖書に入り、福音書を読み始めると、とたんに病気の人の癒しの記事が沢山出てくることに気が付きます。もちろん癒すのは、イエス様です。ChatGPTに調べさせたところ、福音書に出てくる個別の癒しの記事は31件、そのほかに今日のテキストの後半のような大人数の癒しが幾つかあります。明らかに旧約聖書と新約聖書では病、あるいは病の癒しの扱われ方が違っています。その違いの原因は、イエス様にあると思います。

Ⅱ. 病とイエス様

①今日のテキストにおける二つの癒しの比較

 次に、病とイエス様、ということを考えていきたいと思います。まず、前段として、今日のテキストに含まれる二つの癒しの記事の比較から入って行きます。一つは、ペテロの姑の熱病の癒し。もう一つは、同じ日の日没後のカペナウムの町中の病人の癒しです。この二つは対照的に描かれています。

一つ目の方は、個人的であり、この姑さんの名前こそ書かれていませんが、ペテロの奥さんのお母さんという特定の人の癒しです。病気の様子もはっきり書かれています。

それに対して、二つ目の癒しの記事は、不特定多数の人たちの癒しです。何人だったか、誰であったか、どういう病気であったかは書かれていません。

また、もう一つの比較のポイントをあげるとするならば、ペテロの姑の癒しでは、イエス様の方から「そばに近寄り、手を取って起こされた」とあります。それに対して、二つ目の方は、「人々は病人や悪霊につかれた人をみな、イエスのもとに連れてきた」とあります。うわさが広がったのです。今で言うと、SNSで情報がバーと拡散されたのです。

ちなみに、32節のはじめにある「夕方になり日が沈むと」というのは何を現わしているのでしょうか。私は、これは、病人を担いでくる人たちは、日中は仕事をしているので、「仕事が終わってから」ということだと勝手に解釈していたら、そうではないようですね。これは、21節から始まった安息人がまだ続いているうちは、荷物を運んではいけないという教えに抵触するので、日が暮れて、安息日が終わるのを待っていたということのようです。

イエス様は、個別の人的関係がある人も、まったく関係のなかった人も、みな癒されました。そして、人間の側には癒していただきたい求めが強くありました。第一のポイントで言いましたように、古今東西を問わず、病は人間が生きていく上での苦しみの主要な部分を占めているのです。そして、それは、病を得ている本人のみならず、その家族も運命共同体なのです。

ゴッドハンドを持つ名医に執刀してもらうためには、何年も先まで予約が埋まっているかもしれませんが、百発百中の名医イエス様は、その日、ペテロとアンデレの家の戸口に連れてこられた病人のすべてを癒されました。途中で打ち切られ、明日また来てくださいと言われた人はいないのです。

②イザヤ書53章における預言

ここで、旧約聖書で預言されているイエス様の姿と病との関係を少し考えてみたいと思います。イザヤ書53章は、有名な苦難の僕の姿でメシヤ預言が書かれています。そこに病という言葉が二回出てくることを多くの方がご存じかと思います。イザヤ書53章3節から5節までを引用します。

「3 彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。5 しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。」

最後に「私たちは癒された」と出てきますが、苦難の僕は、どうやって癒したのでしょうか。「手を取って立たせたのでしょうか」「手を置いてお祈りしたのでしょうか。」「私の心だ健康になれ」と言葉を発したのでしょうか。

そうではないのです。なんと、他の人の病を知ることによって、他の人の病を負うことによって、自分が代わりに打たれて苦しめられることによって癒したのです。イザヤ書53章に記されている苦難の僕の病の癒し方は、自分自身からあふれ出ている霊的パワーを善用して直しているのではないのです。そんなにお手軽ではないのです。そんなにわかりやすくもないのです。そんなに単純でもないのです。他の人の病を自分が引き受けることによって、はじめて苦難の僕は病をいやすという役割を果たすことができるのです。それが、イエス様より何百年も前に預言されていた救い主の姿でした。

それでは、イエス様はどうだったのでしょうか。イエス様は、預言されていたのよりグッとレベルが上で、自分の身に負わなくても、自分が代わりに打たれなくても、あふれ出る霊的パワーを使って癒したのでしょうか。

Ⅲ. 病と幸・不幸

①なぜ病からの癒しを求めるのか

ここまでお話をして、ここで論点を少し変えたいと思います。今日の三番目のポイントは、「病と幸・不幸」です。そもそも、なんで私たち人間は、病に侵された時に癒しを求めるのでしょうか。苦しいからでしょうか。不安だからでしょうか。周りの人のように健康に動けない自分が情けないからでしょうか。どれもそうだと思いますが、一つにまとめると、病を得ているということは不幸だからだ、ということではないでしょうか。しかし、ここが考えどころです。病=不幸なのでしょうか。

②ヨブの場合

この問題に一番、正面から取り組んでいる聖書の箇所はヨブ記です。息子、娘を一瞬にして全員失った上に、自分の体が足の裏から頭のてっぺんまで悪性の腫物で覆われるという病を得て、ヨブは土器のかけらで体をひっかき、灰の中に座った、というのです。これを不幸と言わずして何を不幸というのであろうか。という状況です。それでも、「私たちは幸いを神から受けたのだから、わざわいをも受けるべきではないか」と言っていたヨブでしたが、3人の友達が訪ねて来た後、とうとう、「ヨブは口を開いて自分の生まれた日を呪った」と出てきます。ヨブは不条理に耐えられなくなったのです。

しかし、ヨブ記を最後まで読んでいくと、ヨブにとってこの病がただの不幸ではなかったことがわかります。病という自分が極限まで弱められたところ、自分の持っている力では太刀打ちできない相手と戦わざるを得ず、敗戦が確定的だ、というような状況こそは、実は、そこで癒し主イエス様とお会いする絶好の場なのです。実は、この表面上は不幸としかいいようのない苦しみ、無力、弱さをもたらす病こそは、イエス様とであう最高のチャンスなのです。

③病はイエスと出会うチャンス

大胆なことを申し上げましょう。第一のポイントで私は、病、老い、死は大きな意味では一つというか、区別できないものだ、というようなことを申し上げました。その線で言うと、病が癒されるというのは、トースターでパンを焼いていて、タイマーがゼロまで戻ってチンという前に、焼き足らないと思って少しつまみを戻すようなものです。癒しがなされ健康になった体は、その瞬間からまた、老いというプロセスをたどって確実に死というゴールに向かっていきます。どんな病気もどんなケガを直されても、同じことです。

④癒されるだけと出会いの違い

1)ペテロの姑の場合

今日の最後に、今日のテキストで触れてこなかった短い言葉に注目したいと思います。それは、31節の最後にあります。「彼女は人々をもてなした」という言葉です。新改訳では、「もてなした」というところにアスタリスクがついていて、脚注で「あるいは『に仕えた』」となっています。実は、マタイの並行記事では、「イエスをもてなした」となっています。ルカは新改訳では「彼らをもてなし始めた」となっていますが、原語では、マルコの「人々」とルカの「彼ら」は同じです。しかし、動詞はマタイ、マルコ、ルカすべてに共通してディアコネオーという言葉が使われています。

ペテロの家の戸口で癒された多くの人々については言及がないので、個別にはわかりません。ペテロの姑と同じような反応をした人もいれば、そうしなかった人もいたのかもしれません。重要なことは、病という弱さの中でイエス様と出会い、その後の生き方が変わったかということです。単に、トースターのタイマーが少し戻ったということではなく、人生の中での決定的な出会いがあるかどうかです。

2)パンクの例

クルマに乗って、ある目的地に向かっていました。すると、途中でパンクしてしましました。なんとか車を寄せてスペアタイヤと交換して運転再開です。ずいぶん時間を取られてしまい、旅としては計画丸つぶれです。しかし、実は、運転再開したときに、今まで空だった助手席にタイヤ交換で四苦八苦していた時に手伝ってくれた素敵な人が乗っていたとします。一人旅だったのが、二人旅になったのです。そして、しばらくドライブしながら、その人と話していると、その人がこれからの行き先についても、途中の道筋についても、自分よりはるかによく知っていることに気づき、次の休憩地点で、運転をして、自分が助手席に座るようになった、そんなストーリーが私たち一人一人に展開していくのではないかと思います。

病は、表面的にはマイナスでしかありません。しかし、その弱さの中でイエス様に出会うならば、そここそが新しい旅へのスタート地点になるのです。しかも、イエス様の癒しは、タイマーを少し戻すというようなお手軽で時間稼ぎのようなものではありません。病を知り、病を身に負い、身代わりに打たれることによってはじめてもたらされる本質的な、深い癒しなのです。それほどまでに愛されていることを知って、イエス様に、人々に仕える生き方が始まるための癒しなのです。

 一言、お祈りいたします。

 恵み深い天の父なる神様。あなたの聖名を心からほめたたえます。今朝は、マルコの福音書に出てくる最初の癒しの事例を学びました。病ということを少し広く捉えて、イエス様がくださる癒しの意味を深く考えるように導かれました。私たちそれぞれの人生のステージにおいて、状況において、イエス様と出会うことができますように。イエス様のうち傷によって癒されるという本当の癒しと慰めを得ることができますように、お導きください。主イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン。